(更新頻度的に)ゆっくり解説してきました今回のアヴェ・マリア集ですが、最後の曲となりました。タイトルにあるように最後の曲は作者が誰なのかというところからちょっと複雑なことになっています。

二人の作曲家の名前が出てきますが、ジュリオ・カッチーニ(1545/1551 ? – 1618)はイタリアルネッサンス末期からバロック初期にかけて活躍した作曲家です。400年以上前の作曲家で現在カッチーニの作品が演奏される機会はあまりありません。カッチーニの名前が出てくるのは、この有名なアヴェ・マリアの作者としてということかもしれませんが、実際にはこの曲の作者はカッチーニではありません。

ソビエト連邦にウラディーミル・ヴァヴィロフ(1925-1973)というギター・リュートの奏者で作曲家でもある音楽家がいました。ヴァヴィロフは自分が作った曲をルネッサンス期やバロック音楽の作曲家のものとして発表するということをよくしていました。このような例はヴァイヴィロフだけではなく、ヴァイオリン奏者として有名なクライスラーも演奏旅行先の図書館などで埋もれていた作品を発掘してそれを自分が編曲したということにして、自作曲を発表したりしていました。(過去の作曲家の作品を引用していたりはしていたようですが)
ヴァイヴィロフの偽作のなかで有名なものは、『フランチェスコ・ダ・ミラノ作とされている「カンツォーナ(黄金の都市)」』『バラキレフ作とされている「即興曲」』等があります。

この「カッチーニのアヴェ・マリア」はヴァヴィロフ自身は作者不詳として発表したようなのですが、いつの間にかジュリオ・カッチーニの作品だということになって、それが定着してしまったようです。その後、ヴァヴィロフの死後数十年を経てから、ラトビアのソプラノ歌手イネッサ・ガランテやカウンターテナーの歌手スラヴァ、ソプラノ歌手のレスリー・ギャレットのCDにこのアヴェ・マリアが収録されてこの曲の知名度が高まり、多くの歌手が歌い映画の中でも使われたりするようになりました。
この曲を取り上げたCD等では、楽曲の解説として曲の説明もされておらず、カッチーニの作品というクレジットがされていたこともあって、この曲がカッチーニの作品であるという誤認がどんどん広まることになりました。

過去の作曲家の名前を使って自分の作品を発表する作曲家(これをやっている作曲家はヴァヴィロフやクライスラーだけではなくて、結構たくさんの例があるのです)に共通するのですが、名前を騙った作曲家の様式にはあまり頓着しないという傾向があります。この曲も例に漏れずカッチーニの時代にしてはかなり自由な作りになっています。歌詞もアヴェ・マリアの祈祷文ではなくて、単純に「アヴェ・マリア」の一言を繰り返すだけですし、メロディーもかなりロマンチックに感じられるものです。ヴァヴィロフが書いた楽譜というのは今は見つけられなくて、入手できる楽譜は誰かが編曲したものということもあって、私も自由にアレンジしてみました。

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